ロトチェンコの実験室 / ワタリウム美術館 編

1320324015和多利恵津子[ワタリウム美術館]編(新潮社、1995年11月発行)

アレクサンドル・ロトチェンコは20世紀初頭のロシアアヴァンギャルドのアートシーンを疾走したアーティスト。マレーヴィチやマヤコフスキーより少し遅れて登場し、彼らよりも長く活動を続けたが、表現方法は絵画、グラフィックデザイン、写真と目まぐるしく変化する。実に複雑なロトチェンコだが、そのイメージが本書で浮かび上がってくる。

本書には「ペインティング・立体」「グラフィック」「ステパーノヴァの作品」「写真」と分類された図版が豊富に収録されている。特に「俯瞰的なアングルや、仰角のアングルを多用したその写真は、見るものの平衡感覚に強烈なゆらぎをもたらす。」(亀山郁夫『ロシアアヴァンギャルド』p131)と言われる写真から強烈なインパクトを受ける。マヤコフスキーのポートレートに強烈な凄みを感じる。グラフィックではフォトモンタージュ作品、特にマヤコフスキーの著作への挿絵に興味が惹かれた。

図版のほかにロトチェンコの娘が彼の日常を紹介し、孫にあたるデザイナーのロトチェンコ論がある。特にマレーヴィチのシュプレマティズムとの対立、そしてロトチェンコが「実験的技術館」と名付けた美術館などを紹介している。ほかに5編の評論が収録されている。

その中に飯沢耕太郎「断片と総合-写真家アレクサンドル・ロトチェンコ」がある。ここに興味をひかれる記述があった。第一次世界大戦(1914-1918年)前後、人々の前に。それまでとはまったく異質な都市の環境が成立したという。電話やラジオのような通信手段、自動車、地下鉄、飛行機のような交通機関がネットワークを形成し、人々や商品がめまぐるしいスピードで移動する。また、工場や高層ビルが従来の美意識におさまりきれない異質な眺めを作り出した。

都市の体験をさらに加速したのは、新聞、雑誌、ボスターなどの視覚伝達のメディアである。1880年以降に実用化される編目印刷によって、全世界で同時発生的におこっている出来事が、タイムラグなしに人々の前に映像として示されるようになった。こいわがこれらの映像群は「過去の詩人たちが知らなかった新しい都市の要素」(マヤコフスキー)であり、それらの断片的なイメージを寄せ集め、再構成して「世界の都市の詩」を組み上げ(モンタージュ)ようとする試みが、多くのアーティストたちによっていっせいに開始されるのである。(p180)

ここを読んでいると、ロトチェンコの時代と現代のインターネットの時代を重ね合わせる想像にかられた。