朝吹真理子著『きことわ』を読んだ

きことわ永遠子(とわこ)は25年前の葉山の別荘での夏休みの記憶を夢として見ている。貴子(きこ)は小学3年8歳、永遠子は高校1年15歳。国道の渋滞につかまった車の後部座席で二人はぐちゃぐちゃにもつれあっている。

お互いの耳に息を吹きかけ、腕に噛み付き、足の指でからだをつねったりしているうちに貴子は疲れて眠ってしまった。運転をしている貴子の母親の春子が後ろを振り向いても、どの腕や脚がどちらものものか分からない。春子に見られているのを知りながら、永遠子は夢の中で狸寝入りをしている。

貴子は母と叔父の三人で夏を葉山の別荘で過ごした。その別荘の管理人をしている母に連れられて永遠子はそこに行くようになった。貴子が生まれる前から永遠子は別荘に通っていた。春子の他界で別荘は使われなくなり、永遠子は貴子と会うことがなくなった。

25年経って別荘を売ることになり、かつての管理人に片付けの依頼がきた。怪我をしている母に代わり、永遠子が行くことになった。永遠子40歳、貴子33歳の25年振りの再会。25年前と同じように、永遠子は貴子の片目に入った睫毛を取ってやる。永遠子の手が貴子の顔に触れて、貴子の肌はむかしと変わらず熱く、25年前の記憶を思う。

記憶(夢)と現実が錯綜し、もつれあう少女たちのような色気を放つ。今、この時代の閉塞感から生まれ出るものを感じて、作者と共感するよろこびを「きことわ」の読書で味わった。

アレクサンドリア四重奏 1 ジュスティーヌなにげに、文芸春秋(2011年3月号)の受賞者インタビューを読んでいた。好きな小説にロレンス・ダレルの『アレキサンドリア・カルテット』とあり、作者に強く親近感を抱いた。『アレキサンドリア・カルテット』はエジプトのアレキサンドリアが舞台。

主人公は貧しいイギリス人教師で、踊り子と同棲している。ひょんなことから上流階級の情熱的な女に誘惑されて都市アレキサンドリアに翻弄されることになる。亡き同棲者との幼い子どもを連れて地中海対岸の小さな島に逃げてきた。そこでアレキサンドリアの記憶を解き明かすという小説だ。

『アレキサンドリア・カルテット』の話が出てきて、ぼくはじっとしていられなくなり夜の散歩に出かけた。ぶらぶらと御堂筋を南下して、人気の途絶えたアメ村に入り、Compufunk Backroom の「ONA’s bar」の大勢の客とサウンドの中に紛れ込んだ。

何時間後かの帰宅途中、後ろを振り向いた際に、濃紺の空を背景にビル群のシルエットを見て夜明けを知った。この美しい風景は、未来のぼくが見ている夢に違いないという錯覚に強くとらわれながら寒い街を歩いた。