お多福百体展@アトリエ「観」Milの山本公成(笛)

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30数年振りに山本公成を聞くために東住吉区のアトリエ「観」Milへ行った。お多福百体展のオープニングパーティでの演奏だった。ギャラリーには、バリ島の木彫り師に彫ってもらったというお多福さんが百体以上も並ぶ。それが「お多福百体展」だ。森きくお作品展も併催されている。こちらはバリ島の聖山アグン山を描いた絵だ。

スピリチャルで素朴な作品に囲まれて、山本公成の演奏もとてもナチュラルだった。演奏される笛は手製のものから世界の民族楽器まで、ほんとうにたくさんの笛を演奏した。写真は笛の説明シーン。ギター、西条渉。

70年代の前半、ジャズ&ロック喫茶マントヒヒでぼくは山本公成のライブを何度も聞いた。マントヒヒ以外で、いまだに強く印象に残っているのは、日本維新派の芝居の音楽を担当したことだ。淀川の河原に大規模で複雑な舞台が作られ、ミュージシャンたちは、舞台横の高い櫓から演奏した。

当時の山本はフリージャズのジャンルに分類されていたが、演奏はフリーな即興音楽という感じで必ずしもジャズにこだわっていなかったと思う。ライブ会場には常にテナーサックスとフルートを持ち込んでいた。そのフルートから様々な笛に行き着いたに違いない。

ぼくは、フリーな即興演奏家としての山本公成だけを知っていたわけだが、現在の彼は民族楽器を駆使するスピリチャルな演奏家だった。それを前にして、とまどいは無かった。無かったが30数年の時の長さを強く意識せざるを得なかった。時の重みを感じて息苦しいほどだった。笛とギターのディオだったが、これに打楽器でも入っていれば、ぼくは息苦しさを振り払うために踊り出していたかもしれない。いや、本当に踊りたかった。

70年代の後半に入るとジャズ&ロック喫茶マントヒヒがなくなったこともあり、山本と疎遠になった。ぼくを30数年振りに山本のライブ会場に連れ込んだのは、マントヒヒのマスターだ。彼はこの8月に他界したばかりだ。森きくお氏もかつて知っていたが、30年ぐらい森さんの名前に接することがなかった。全く偶然に森さんの作品に遭遇したわけだが、それが名高い聖地を描いた連作ということで感慨深くなる。

話はまだ続く。PAに試用していたスピーカー(右の写真)は、今井一満氏が制作というよりも発明したスピーカーだ。今井氏もまた、30数年前に知っていた。しかし、このスピーカーのナチュラルで気持ちの良いサウンドはもうメチャ良かった。