SHINGO西成の豪雨の釜ヶ崎三角公園ライブ

1359865894SHINGO西成の釜ヶ崎三角公園ライブに行ってきた。三角公園を目の前にしてどしゃ降りの雨。SHINGO西成が「ここは天国釜ヶ崎」を熱唱している。好きな唄や、いいタイミングだった。光る稲妻と雷鳴、そして豪雨。ステージ前のみんなずぶ濡れ。ぼくもたちまち下着から靴下まで、あっという間にずぶずぶや。ムチャいいライブやった。

でも、ライブの後の盆踊りが中止になって残念。今夜は釜ヶ崎で遊んでいくつもりやったけど、風邪をひきそうでまっすぐに地下鉄動物園前をめざして急いだ。21才になってすぐにぼくは北海道から大阪にやってきた。紹介されていたデザイン事務所では仕事ができず、下町の印刷工場へ行かされた。でも、大阪弁がよく分からず人間関係がうまく行かなくって、釜ヶ崎に逃げ込んだ。60年代のことだ。

まず、飛田遊郭の近くにアパートを借り、この三角公園の市で電気釜とか日曜雑貨を揃えたんだ。そして日雇い労務者を続けた。万博前で景気がよくて、そこは天国だった。誰に気兼ねをすることもなく、気楽な毎日だった。釜ヶ崎に居場所を見つけられなかったら、ぼくはどうなっていたか分からない。だから、釜ヶ崎は故郷みたいなものだ。

galaxy galleryのKC個展

13662318112012.02.10 galaxy gallery 行ったんだけど、pratas では『Into The Light』Mixed by YA△MA – RENOVATION NU Release Party!!!! 。ya△maちゃん回してるし、galleryじゃー、KC (live paint) × uvAntam a.k.a UBAR TMAR (サウンドインスタレーション) と、あそこはなんちゅーかぼく的にはすごい空間になってた。

KC個展は5日のオープニングと10日の2回行って作品をじっくり見られた。ライブペインティングを見られたのもほんと良かった。11日のライブは行けなくて残念だった。

去年の KC個展 ”Bon Voyage” 2days closing pARTy!!! で初めて見て、今回が2度目。またの機会があれば絶対に見たい。

スパイク・リー監督『インサイド・マン』

ムチャおもろかった。見終わってスカッとする映画。スパイク・リーは初期の映画見てて、NYインディーズの人ってイメージで見てたのね。だから黒人運動指導者マルコムXの自伝映画『マルコムX 』はすんごい楽しみにしてた映画だったんだ。『インサイド・マン』を見てたらその時のデンゼル・ワシントンとダブちゃって笑えるシーンがたくさんあった。やっぱ、スパイク・リーと組んだワシントンが最高だよな。
ジュディー・フォスターは『タクシー・ドライバー』を封切りで見てる。ベトナム帰り役のロバート・デ・ニーロの狂気の演技と、ジュディーが13才の売春婦役ということで評判になってた。その後のジュディーは余り好きになれんかったけど、『インサイド・マン』では中年女性。できる弁護士役はかなり良かったよ。彼女がロスチャイルドの言葉を引用するけど、これがスパイク・リーのメッセージかな。彼の作品には娯楽映画といえ黒人としての鋭いエッセンスがあって、いつまでも追っかけていたい監督なんだ。

ジャズベーシストの西山満さんが亡くなられた

8月31日朝、谷町9丁目 SUBの西山満さんが亡くなられた。このニュースは昨日、ツイッターを駆け巡った。最初にSUBに行ったのは2004年頃だっと思う。SUBの名前は聞いていたがそれまで行ったことがなかった。たまたま、その日はジャムセッションだった。若いミュージシャンを指導する西山さんを目の当たりにした。それから数年間、何度か通ったがここのところ行っていない。

西山さんの演奏以上に、MCや演奏後の独特のお話に興味を持っていた。サイトのプロフィールを見ると、1932年生まれとあるから今年79歳。3歳ぐらいから10歳まで満州で過ごし、1953年にベーシストとして進駐軍キャンプを巡回するダンスバンドに参加している。

満州での子供時代や進駐軍キャンプでの演奏の話を聞いたことがある。他には1961年のアート・ブレーキーとジャズ・メッセンジャーズ来日公演で強い衝撃を受けた話も聞いた。ぼくはその時のジャズ・メッセンジャーズのライブ録画をテレビで見ている。ぼくは中学生で、初めてのジャズ体験のはず。ミュージシャンたちのファッションにも釘付けになっていたことを覚えている。細身で短めのパンツがかっこよかった。

Lee Morgan (tp)、Wayne Shorter (ts)、Bobby Timmons (p)、Jymie Merritt (b)、Art Blakey (ds) が61年のメンバーだ。「The Big Beat / Art Blakey & The Jazz Messengers」(Blue Note 4029)がこのメンバーによるレコードだ。今夜はそれを聞いた。それから久しぶりに「A Night at Birdland with Art Blakey Quintet」も聞いた。これはハードバップ誕生の名盤ということになっている。

西山さんは、ご自身のジャズをビバップだと言っていたが、演奏を聞いているとそう思えてくる。Charles Parkerの音楽を愛していたと思う。バードの「Embraceable You」を繰り返し聞いた。YouTubeでもいろいろ見ていたら、「Charlie Parker “Bird” April in Paris – tribute 」という美しい写真がいっぱいの動画があった。バード本人の写真も多く、ビートニクらしい若者がバードの演奏に熱狂しているものや晩年のバードもあった。http://p.tl/mIxQ

決して西山さんの熱心なファンではなかったが、亡くなったと聞いてとても滅入った気分で、久しぶりでジャズを聞き続けた。現役というところに心が打たれているに違いない。

吉田喜重監督『嵐が丘』を見た

嵐が丘 デラックス版 [DVD]1988年作品。最初はテレビ放映で見た。十年以上前だと思うが一時、ケーブルテレビと契約していたことがあった。そのときにこの『嵐が丘』と広島の原爆をテーマにした『鏡の女たち』を見た。多分吉田監督の特集でもあったのかもしれない。もしそうなら他の作品もぜひ見ておきたかった。

『嵐が丘』と『鏡の女たち』はとても印象深い映画で、忘れられない作品となった。今回、改めてDVDで見たが、やはり素晴らしかった。凝りに凝った映像はどのカットを取っても美しくて何度も見たくなる。

吉田監督の作品はエミリー・ブロンテの小説『嵐が丘』(1847年)を日本の中世にして映画化したもの。アンドレ・テシネ監督の『ブロンテ姉妹』を見て、イザベル・アジャーニの演じるエミリーに強くひかれた。それで小説『嵐が丘』を読み始めるが挫折。しかし、詩集には心打たれた。

映画を見て、鬼丸(松田優作)と絹(田中裕子)の生半可じゃない愛憎の物語であることが分かった。演出が能の舞のようであり、愛憎といってもドロドロした画面になっていない。エミリーの小説も詩も読みたくなった。

写植の思い出

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最近、このブログの読者の方から、写植書体についての問合せがあった。また、グラフィックデザイナーとフォントについて話をすることもある。そんなことで「写植」について書いておこうと思った。ほんとうは何年も前から「写植」についてのサイトを作りたい気持ちを持っているが、まだまだ実現しそうにない。このブログで、まだ覚えている「写植」についてを記録しておこうと思った。

写真は今でも保存している書体見本帳。左から、写研の『写植NOW[1]』、写研の書体見本帳、モリサワの書体見本帳、リョウビの書体見本帳。わたしは写研の写植機、書体を使っていたので、写研の見本帳だけでよさそうなものだが、印刷物の書体名を判断するために、他社の見本帳を必要とした。

左端の『写植NOW[1]』は他の見本帳とちょっと違う。編集デザインに杉浦康平氏の名前が載っている。コピーライトは1972年なので、表紙の1982は改訂版の年だと思う。非常に美しいレイアウトの見本帳だ。表紙の書き込みは、グラフィクデザイナーに文字の仮想ボディについての説明をしたときの痕跡だ。

写研の見本帳に “bilbo” のシールが貼ってあるが、これはわたしの1977年に開設した写植事務所の屋号だった。写研見本帳は得意先のグラフィックデザイナーに渡していた。原則、一人に一冊渡していたのでけっこうな冊数を写研から取り寄せていた。新書体が増えて改訂版が出るたびに配布していた。

“bilbo” シールだが、MacPlusとドットプリンターで作ったもの。MacPlusを購入したのは1987年だった。このころはまだ写植の仕事が減っていなかった。だから当時の高価なMacが買えたのだが、1990年頃のバブル崩壊から徐々に不景気になり、仕事が減っていった。その上、グラフィックデザイナー自身がMacを使って仕事をするようになり、写植屋に仕事が回ってこなくなった。1997年、大量の書体と写植機を廃品業者にお金を払って処分してもらい、写植事務所を閉めた。

フォント「Alte Haas Grotesk」

alte

デザイン誌のタイポグラフィ特集(『デザインノート No.25 (2009)』誠文堂新光社)を見ていたら、羽良多平吉氏のタイポグラフィがとても気になった。その中のひとつ、2008年の作品にフォントの注釈があった。

「Alte Haas Grotesk」というフォントで、古い感じがとてもいい。注釈には「Helvetica」の原型といわれる「Neue Haas Grotesk」の魅力を合わせもっている、と説明されている。

で、「Alte Haas Grotesk」を検索していたら、
30 high-quality free fonts for great designs
という素敵なサイトに辿り着いた。

そこを知ったのは、このページ
エレガントで高品質なフリーフォント | Nutspress
このサイト「Nutspress:WebディレクションとWeb制作のためのネタ集め」も素敵だ。

中島祥文著『考えるデザイン・24のデザイン発想』

考えるデザイン 中島祥文・24のデザイン発想美術出版社、2009年5月発行

中島祥文氏のアートディレクターとしての仕事を紹介する本。広告制作にあたって、企業や商品に向き合う氏の姿勢から得るものが大きい。ウールマークの仕事が多く、アパレル、洋酒、百貨店、自動車などの新聞広告などのグラフィックデザインやCM、ブランディングデザインなどが、大判のページに作品が掲載されている。この種の書籍としては掲載サイズが大きく、広告を考える参考にしやすい。

巻頭に西村嘉禮氏の「アートディレクションの跳躍」がある。その中で中島氏の言葉を引用している。

『ADC大学:アートディレクションの可能性』の中で中島はこう述べている。「アートディレクターの役割は、社会環境や企業などが抱える問題を分析し、本質とは何だろうと問いかけ、解決への道をコンセプトとして指し示すことから始まっている。その解決への道にはビジュアルによる思考がベースにある。」

以下で西村氏は「ビジュアルによる思考」とは何かと問いかけているが、本書を読むことが「ビジュアルによる思考」に近づく一歩なのだと思う。

巻末には「受け継がれるデザイン」と題して、葛西薫氏と中島英樹氏が対談を行っている。ここでは、グラフィックデザインの文字についての言及が多い。中島氏は、モリサワのA1書体を写植でべた組みしてもらって、中島祥文さんの広告に重ね合わせたりして、スペーシングのテクニックやタイポグラフィの構造を勉強したと語っている。本書の作品の明朝体のほとんどはA1だ。

現在では、Macの中でA1書体を使うことができる。やはり葛西氏が語っている。「A1を使って、同じように組んでみたんですね。でも、やっぱり写植とフォントじゃ違う。”同じ” にはならない。

なるほどと思うがぼくにはよく分かる気がする。ぼくは写植のオペレータを長いことやっていた。Macが登場して写植業は消滅するのだが、その時に廃業するまで、写植機とたくさんの文字盤を所有していた。

ぼくの場合は、写研書体を多く揃えていることが売りで、多くのグラフィックデザイナーの支持を得ていた。日経新聞や朝日新聞に掲載される仕事をやっているグラフィックデザイナーからの仕事の依頼も多く、彼らとのやりとりのなかで、ぼく自身もグラフィクデザインを学んで行った。

当時のグラフィック広告では、写研の石井書体である「中明朝体OKL(オールドスタイル)」と「太明朝体OKL」が全盛だった。これを今の感覚では、つめ過ぎに感じるほど、ギチギチに組むというのが流行だった。写植オペーレータに差がでるのは、スペーシングをどこまで配慮して組んでいるかだった。

タイトルなどは、グラフィックデザイナーが一文字ずつカッターナイフをいれて、スペーシングを調整していたものだ。その上で、中島祥文氏の文字組を改めて眺めると、本当に美しい。今ではIllustratorなどを使えば、スペーシングを限りなく試行錯誤できる。でも、本書の作品のように組めるデザイナーはちょっといないと思う。葛西氏が語るように、写植とフォントは何かが違うのかもしれない。

《参考サイト》
□モリサワ A1明朝
http://www.morisawa.co.jp/font/fontlist/details/fontfamily006.html

「OBSESSIONS curated by John Zorn」のカタログ

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「OBSESSIONS 取り憑かれた情熱 ゲストキュレーター ジョン・ゾーン」は、大阪中央区のギャラリー MEMにて昨年4月から5月に開催されていた。初日だったと思うが、会場にてジョン・ゾーンのソロ演奏が行われたようだ。ぼくはライブ演奏を知って、すぐに予約したが満席で聞くことができなかった。そのカタログが届いた。表紙は “OBSESSIONS” と印刷されたサンドペーパーだ。まず、視覚的に神経をこすられるようでヤバい。

最初に「取り憑かれている情熱」と題されたジョン・ジョーンの短い文章がある。冒頭部分を引用するが、

古代から、何の役にも立たない無目的なオフジェを執拗に作り続ける特別な人たちがいた。精霊とチャネリングしたり、高いレベルの力とコミュニケーションをとったり、悪魔と格闘したり、神をなだめたり、自己の内面世界の思想と情熱を通して制作しながら、創造力が彼らの唯一の制作動機であり、出来た作品が唯一の報酬であった。

とあり、感動的な文章だ。ジョン・ゾーンが選んだ、取り憑かれた12人のアーティストは、Ashley Thayer、Be Kwan Lim、Heung-Heung Chin、Kate Manheim、Kyung Jeon、Mark Seidenfeld、Martin Wilner、Patrick Jacobs、Scott Irvine、ヤマタカ EYE、坂上チユキ、Zena Pesta。

《関連サイト》
MEM(http://mem-inc.jp/)

『ゼロ年代の音楽-壊れた十年』を読んだがよく分からない

ゼロ年代の音楽---壊れた十年野田努、三田格、松村正人、磯部涼、二木信 著(河出書房新社、2010年1月発行)

二つのトークショー、「音楽・政治・ドラッグ」(2009.10.30)と「サブカル誌ナイト」(2009.11.7)を中心として、2000年代の音楽シーンを振り返る内容。ぼくは、80年代後半から00年代前半まで音楽を聞いてなかったので、本書から得るところを期待したが、よく分からなかった。

90年代、00年代のミュージシャンやグループの名前が全くと言っていいぐらいに分からない。名前が分からないだけならいいが、シーンが分からない。例えば、「セカイ系の『最終兵器彼女』は、」なんて、全く分からない。だから、最初はほとんど飛ばし読みしてたんだ。でも、この人たちの会話にやたら「セカイ系」って言葉が出てくる。

で、このまんま、この本から離れてしまっては、何にも分からないままだよなって、思って「セカイ系」をネットで読んでたらだいぶんに分かってきた。『新世紀エヴァンゲリオン』はビデオで見ているし、下地はあったわけだ。驚いたのは、村上春樹のの『1Q84』なんかもセカイ系のくくりで説明されていることだった。

昨年、ぼくは村上春樹の余りの評判に押されるように『ねじまき鳥クロニクル』と『1Q84』を読んでいる。これらの長編を読み切ったのはストーリーのおもしろさからだったが、結局は後に余韻を残すことなく消費しただけだった。だから、もう村上作品はもう読まなくていいや、って思った。でも、なぜこれほどに評判がいいのかが分からなかった。その疑問がセカイ系をキーワードにすることで何となく分かったんだ。

ということで、本書をもう一度しっかりと読む価値があると思った。