糖質制限をやってる

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  • 2005年6月 1日2食をはじめる
  • 2010年8月 菜食をはじめる(2015年9月まで)
  • 2015年10月 糖質制限に切り替える

という具合に我が家は5年周期で食生活が変わっている。周期は意図したものでなく、上記のように書き出したら5年周期になっているのでその偶然に驚いた。切り替えと言っても、それまでのスタイルを継承している。菜食の時も、今の糖質制限でも1日2食は続いている。糖質制限になって肉や魚を食べるようになったけど、菜食で覚えた野菜料理のレシピはいかされている。

去年あたりからご飯やパン、パスタを減らしたほうがいいだろうと思い始めた。でも、菜食をやっててそれらを減らすのは難しい。肉や魚を食べて炭水化物を減らそうとなった。でも、肉をどのぐらい食べていいか分からないまま、徐々に炭水化物を減らしていった。

雑誌『クロワッサン』ダイエット特集で肉は100gまでとあって、それなら経済的にも糖質制限が可能だと思い、積極的に実行することにした。さらに、夏井睦著『炭水化物が人類を滅ぼす』を読んで、本気でご飯、パン、パスタを減らし、お菓子や料理に使う砂糖をやめる決意を固めた。

クロワッサン 2016年 1月25日号 No.917 [雑誌] 炭水化物が人類を滅ぼす 糖質制限からみた生命の科学 (光文社新書)

ジム・トンプスン『内なる殺人者』を読んだ

映画を見て原作を読むなんてことはほとんどないが珍しく読んだ。映画はウィンターボトム監督の『キラー・インサイド・ミー』。

DVDで映画『シン・シティ』を見たんだ。派手なクライム・アクションだけど、実はプラトニックなラブストーリにホロリとさせられた。引退間近の刑事(ブルース・ウィリス)が小児性愛者から幼い少女を救う。しかし、ブルースは罠にはめられて独房に入れられる。少女は彼に手紙を書き続ける。何年も経って、刑務所を出たブルースは定期的な手紙が途絶えている少女の身を案じて彼女を捜す。美しく成長した少女は酒場のストリッパーで、刑事を待っていた。これがジェシカ・アルバで、いいなーと思って見ていた。

確か、この女優は前にも見ていることを思い出して調べたらウィンターボトム監督の「キラー・インサイド・ミー(The Killer Inside Me)だった。うろ覚えのこの映画が気になって、ちょっとのつもりで見たらおもしろくて最後まで見てしまった。原題通りのちょっとないぐらいに恐ろしい映画だった。

50年代のテキサスの田舎町が舞台で、蒸し暑い熱気が伝わってくる。蒸し暑い夜にエアコンを切って見るのに最適な映画だった。この映画のジェシカ・アルバは町はずれのコテージに住み売春婦をやっている。主人公の若い保安官助手はこの売春婦と出会って、出口のない愛に堕ちて破滅に向かうというラブストーリーだった。

保安官助手は町でも評判の礼儀正しく紳士的な男で、教師をしている恋人がいる。しかし、少年の頃に幼い女の子とのことで忘れられない傷を負っている。魅力的な売春婦と出会って押さえ続けていた欲望が爆発してしまい、破滅に向かって堕ちて行く。おもしろいと書いたけどイヤな映画でもあり、単なるクライム・ムービーなら最後まで見てないだろう。ウィンターボトム監督だから、ドキュメンタリータッチのような乾いたところがあって、見続けることができたと思う。

主人公の保安官助手はイヤな男なんだが、気になってしかたがない。いくらフィクションとはいえなぜあんなに殺人を繰り返すことができるんだろう。カミさんが原作の小説を持っているというので出してもらった。映画では分かりにくかった細部を確認するためにひろい読みをしていたけど、おもしろくて最初からきちんと読んでしまった。

映画は原作に忠実に作られている。でも、映画だけでは理解できない細部が小説を読むとよく分かった。よく分かって、さらに怖いストーリーだと思った。

内なる殺人者 (河出文庫)
ジム トンプスン
河出書房新社
売り上げランキング: 402,034

A Nation’s Hope: The Story of Boxing Legend Joe Louis

A Nation's Hope: The Story of Boxing Legend Joe Louis

ジョー・ルイスはアメリカの世界ヘビー級チャンピオン。第二次世界大戦のせまった1938年、元チャンピオンのドイツ人、マックス・シュメリングとの試合がヤンキースタジアムで行われた。それが絵本になっている。ヒトラーが米国に送り込んだ元チャンピオンとの対決で、当時の熱狂的盛り上がりが伝わってくる絵で見入ってしまう。

絵本では当時のナチスドイツには余り触れていない。ジョー・ルイスの少年時代とハーレムのヒーローであることが主に描かれている。ルイス少年は6才になるまで話すことができなかったとか、逆境の中でボクシングに目覚めていく様子が描かれている。最後に、黒人のチャンピオン、ジョー・ルイスがドイツ人シュメリングに勝ち、その日、ハーレムのヒーローがアメリカのヒーローになる感動的な物語が巧みな絵で表現されている。

表紙のデザインが素晴らしい。
Matt de la Pena 著、Kadir Nelson イラスト

YouTubeにこの日のフィルムがある。
Joe Louis vs Max Schmeling, II (Full Film, HD)

1936年のシュメリングが勝った試合も見ることができる。12ラウンドにルイスがノックアウトされる。
Joe Louis vs Max Schmeling I

WordPress入門書

はじめての簡単 WordPress入門「決定版」 (BASIC MASTER SERIES)

WordPressを使うならこの本、絶対いい。WordPress解説本はたくさん出てるけど、HTMLとCSSを使って独自のサイトを構築するというのが案外多い。HTMLとCSSを知っていてもそうしたサイトを作るのはかなり根気が必要。
今のWordPessは内蔵されている機能だけを使ってもかなりのことができる。その分設定項目が多いので、試行錯誤で覚えるのは大変。だから、この本がとても役立つ。

この本はHTMLとCSSを知らなくても理解できるように書いているそうだけど、実際に記事を書いて修正したりという場面で、HTMLの知識は必要になる。文字を装飾しようとしたらCSSの知識があったら簡単。やっぱり、それらの知識はあった方がいい。

読書メモ:絲山秋子著『ばかもの』

ばかもの

新潮 2008年1月号~8月号 初出

ヒデと年上の女、額子の恋愛。ヒデは大学生で19才、バイト先で額子にナンパされて付き合い始め、2年間付き合って額子に捨てられる。次に同じ講義を受けているネユキと付き合う。ロックのイエスだけをいつも聞いているネユキの部屋にヒデはよく泊まるがセックスはない。ネユキはデイトレーダーをやってる裕福な学生だ。

ヒデは大学を卒業して家電量販店に就職していた。ネユキは宗教に走り、彼女の方から付き合いを切られた。今度は、友人の婚約者の友だちの翔子と付き合いはじめた頃から酒を飲み過ぎるようになる。翔子とは結婚が見えていた。2年がたって28才の頃にはアルコール依存症が始まる。そして深い依存症へ。翔子も友人も職場も失い、親に頼る惨めな生活。

入院して依存症から快復して、額子と再会。愛を深める。この恋愛小説は好きになれない。『海の仙人』や『エスケイプ/アブセント』にはすごく感情移入しておもしろかったのに、この『ばかもの』は全然だめだ。同じ作家の作品とは思えない。いや、やはり絲山の作品だ。最後の方で、ヒデは「かつて自分をアルコールに駆り立てたものが、行き場のない思い」であったことを述懐する。そうなんだ。絲山秋子の小説はいつもいつも、行き場のない思いが描かれていて、そこにぼくは没入しているんだと思う。

読書メモ:絲山秋子著『沖で待つ』

沖で待つ (文春文庫)

文學会 2005年9月号初出

芥川賞受賞作ということで期待していたが、絲山作品には珍しく楽しめなかった。でも、短いし、単調なストーリーなのでさらさらと読んだ。今日みたいなふぬけで何も手につかない日は、テレビがあればスイッチを入れたら最後、ダラダラと見続けるだろう。そんな感覚でだらだらと『沖で待つ』を読んだ。

ぼくが絲山作品を読み続けているのは、マイノリティの立場からマジョリティに対して辛辣な視線を向ける主人公たちに共感しているからだ。ところが、本書の登場人物はマジョリティな人々だった。これでは共感はない。住宅設備機器のメーカーに総合職として就職した女子及川と同期の男子牧原との友情を描いたもの。

同期ならではの濃密でいて、恋愛に発展することのない友情があるらしい。妻と別次元の深い信頼で結ばれた関係を描いたもの。これまで読んだ絲山作品にはない清潔な作品。だから、芥川賞か?

読書メモ:絲山秋子著『勤労感謝の日』

沖で待つ (文春文庫)

文學会 2004年5月号初出、『沖で待つ』所収。

絲山秋子が好きなのは、登場人物に思い入れをして切なくなるような気分に浸れることだ。その切なさが心地いい。今朝は朝帰りだった。8時過ぎまでクラブパーティで踊っていた。疲れと興奮から日常への気持ちの入れ替えがうまいこと出来ないで、ふぬけな状態に陥っている。いつも、盛り上がったパーティの後は、ふぬけな一日が待っている。

そんなふぬけな日に、絲山秋子の小説がよく似合う。出口の見いだせない状況の中で、彼女の小説を読むことはキズをなめ合うような心地良さがある。主人公の鳥飼恭子は36才無職、母親のやっかいになりつつ職安へ通っている。大きな会社の総合職だったが上司とのトラブルから自己退職している。

そんな彼女に見合いの話しがあり、現れた相手は一流どころの商社マンで鼻持ちならない男だった。見合いの席を蹴り、街を歩いて後輩を呼び出して飲んでうっぷんをはらす。クリスマスムードに染まった街を歩きながらクリスマスに対して毒舌を吐き、社会を俗悪にしているのは自分たち世代だと毒舌を吐く。そんな毒舌はぼくも声を出して言いたいことで笑える。

例えば、近くの上沼町の新興住宅地では全世帯で豆電球を家の外壁に点滅させている。それに対して、電気はつけたら消すものだ、と。さらに節電に頓着しないゆえ「上沼町に原発を」と。幸せは家のなかでやってくれと念を押す。それにしても、原発をのフレーズは福島原発の事故後に読むからインパクトが強い。絲山作品をゆっくりと書かれた順番に読むつもりだが、原発事故後の作品が今から楽しみ。

ベジタリアン=菜食主義者?

ベジタリアンのいきいきクッキング~豆と野菜のおいしい80品

『ベジタリアンのいきいきクッキング』という料理本を見ていたら、ベジタリアンの日本語は菜食主義者だが、それは違うんじゃないというのを読んだ。明治中期にこの英語が入ってきたとき、当時の知識人は、ベジタブル(野菜)+アン(食べる人)と考えたんだろうということ。

しかし、19世紀のイギリスでこの言葉が作られてるんだけど、ベジタリアンはラテン語の「命を与える、力強さを与える、健康を与える」という意味の形容詞からの造語だったそうだ。命を力を健康を与えるための方法として肉食をしないとされたんだって。つまり、ベジタリアンの意味は肉食をしない人ということらしい。肉を食べないから菜食、それなら菜食主義者やんかと言われそうだけど、ちょっと違うと思う。ここではこれ以上深く考えないけど、筆者にはとても救われた思いです。

実は主義者と思われるのが嫌でぼくは「菜食やってま~す」なんて小さな声で言ってましたね。健康指向から肉食をしないで、豆や野菜中心の食生活をしているだけなのに、主義者と思われるのは嫌や、と多いに不満だったわけです。

読書メモ:絲山秋子著『スモールトーク』

スモールトーク

『スモールトーク』というタイトルから始めは小説じゃないと思っていた。対談集かエッセイか、そんな単行本だと思ってたけど、読んだら小説だった。カー雑誌の連載だったようだが、読めばそれ以外にないだろうことが分かる。

著者はポップミュージックをよく小説に取り入れる。本書のタイトル「スモールトーク」はスクリッティ・ポリッティのナンバーだ。YouTubeにあるので聞いた(Scritti Polliti Small Talk (HQ) – YouTube)。ぼくは全く知らないバンド、うんうん、お気に入りの車でこんな音楽を聞きながらドライブするのかと妙に納得した(ぼくはドライブというものを経験していない)。主人公はアルファ145に乗っている。そこにスクリッティ・ポリッティのCDがカーステレオに入れっぱなしになっている。

6回の連載でヨーロッパの高級車を一台、一台小説の中に取り入れて、車礼賛かと思ったら、車を毛嫌いするかもなんて気持ちが芽生え、最後で主人公は自分の145を捨てる。駐車場代が口座から落ち続けているが、その駐車場の中で145は錆、ホコリにまみれているだろうと想像する。ひょっとして145が眠りから覚めて意思をもつようなことがあったなら、カーステレオに入れっぱなしのCDから Small Talk が聴こえることだってあるかもしれない、というシュールな終わりだ。

二玄社、2005年6月発行