2年9ヶ月ぶりに卵を買う

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ベジタリアンとして菜食を始めたのが2010年8月。チーズや鰹節は調理に使い続けていたのでビーガンを目指していたわけではない。でも、玉子料理は食べなかった。少しずつ栄養のことを知り、少しは動物性たんぱく質を食べた方がいいかもしれないと思うようになった。で、玉子料理をたまに食べることにした。外食ではたまに食べていたけど、家で卵を調理するのは2年9ヶ月ぶり。作った料理は高野豆腐とタマネギの煮ものの玉子とじ。うまかった。

ベジタリアンの分類にこだわっているわけではないけど、これで乳製品や玉子を摂取する「ラクトオボ・ベジタリアン」ということになる。鰹節と煮干しで出汁をとっているので、厳密にはラクトオボと違うかな。

ビタクラフトの鍋を修理

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ビタクラフトのナベを修理に出した。30年近く酷使したナベだけど、フタの取っ手が取れてしまい、本体の取っ手もヒビが入って使えなくなってしまった。心斎橋の大丸百貨店にビタクラフトの売り場があるので、行ってたらそれらの部品が揃っていた。簡単に直せると思ったが、ネジの内径などに変更があったらしくて売り場の部品では使えないことが分かった。でも修理を引き受けてくれるというのでお願いした。3月の始めにお願いしてその月の末、1ヶ月弱の修理期間を終えて戻ってきたナベを見てびっくり。ほとんど新品のように輝いていた。

30年近くも使っているから、そりゃーひどく汚れた状態だったからほんと驚いた。カミさんに言わせるなら、こんなナベをよく持っていくと感心されてけど、メーカーもよくここまで磨いてくれたとひたすら感謝です。もちろん、取っ手の修理だけの依頼だったから修理代はナベの価格からしたらわずかなものだった。磨きはサービスだったんだな。よくやってくれたと感激だわ。

このナベは内径19cm、3リットルの片手ナベ。ビタクラフトのナベは他に3個持っているが、この片手ナベの使用頻度が極端に高い。ご飯を炊くのがメインだが、スープやシチューも手軽にできる大きさでとても重宝している。うちのご飯は五分搗きと玄米だけと、両方共3カップ炊ける。2人で3~4日分だ。冷蔵庫と冷凍庫に入れて保存しているが、それの保温や解凍はやはりビタクラフトの小さめのフライパンを使って、無水料理の要領でもどす。ガスの火を最弱にするので少し時間がかかるけど、とてもおいしく暖まる。

ベジタリアン=菜食主義者?

ベジタリアンのいきいきクッキング~豆と野菜のおいしい80品

『ベジタリアンのいきいきクッキング』という料理本を見ていたら、ベジタリアンの日本語は菜食主義者だが、それは違うんじゃないというのを読んだ。明治中期にこの英語が入ってきたとき、当時の知識人は、ベジタブル(野菜)+アン(食べる人)と考えたんだろうということ。

しかし、19世紀のイギリスでこの言葉が作られてるんだけど、ベジタリアンはラテン語の「命を与える、力強さを与える、健康を与える」という意味の形容詞からの造語だったそうだ。命を力を健康を与えるための方法として肉食をしないとされたんだって。つまり、ベジタリアンの意味は肉食をしない人ということらしい。肉を食べないから菜食、それなら菜食主義者やんかと言われそうだけど、ちょっと違うと思う。ここではこれ以上深く考えないけど、筆者にはとても救われた思いです。

実は主義者と思われるのが嫌でぼくは「菜食やってま~す」なんて小さな声で言ってましたね。健康指向から肉食をしないで、豆や野菜中心の食生活をしているだけなのに、主義者と思われるのは嫌や、と多いに不満だったわけです。

飼い猫が死んだのは13年前の今頃

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飼い猫が2000年のバレンタインデーに19才で死んだ。だから、バレンタインデーというといつも飼い猫の死んだ日を思い出す。その日、ぼくは専属外部スタッフとして働いていたデザイン事務所から仕事を持って地下鉄の最終で帰宅した。飼い猫はその夜が峠だと想像がついていた。徹夜で仕事をしながら飼い猫を見ていた。猫はお気に入りの猫用ベッドで静かにしていた。日付が15日になった3時頃、台所でお茶の支度をしていたカミさんをかぼそい声で呼んでいる。もどってきたカミさんが猫を抱きかかえると、一声鳴いて、身体を一瞬弓なりにして絶命した。その様子をぼくはカミさんの横に座って見ていた。ちょうど、13年前の今頃の時間だった。

可愛げのない猫で、抱かれるのがいや、ヒザにのってくることもない。布団の中にも入ってこない。それなのに、ある年の冬、インフルエンザにかかったカミさんが
1週間ほど寝込んでしまった。その時猫はずっとカミさんの布団に入って添い寝をしていた。あれには驚いた。

写真はクマのぬいぐるみを膝枕に和んでいる在りし日の飼い猫。男の子の猫は女の子のこのクマと何年も何年も仲良く過ごしていた。ぼくたち夫婦は二人とも昼間は部屋を空けるので、寂しかろうとカミさんが猫のために買ってやったものだ。ときには鼻先にちゅんとキスをしていた。

西風の強い本町界隈を買物に走る

起床すると「大阪府の風予測」サイトを見るのが日課になっているけど、7日は強い西風で、ガレキ焼却を始めた1日以来最悪の風だった。しかし、この数日は外に出ていないので、野菜やパンなど食料品の買い置きが無くなった。前日と前々日は微風だったし、西風じゃなかったし、そういう時に買い物をしておくべきだった。悔やんでもしょうがない。今後の反省にして、今日はN95をしてさっさと済ませてしまおうと、午後、強い西風の吹く本町界隈を自転車で走り回った。

帽子の上にさらにパーカーのフード、そしてN95タイプのマスクで防護。四ツ橋筋や御堂筋を横断しながらビジネス街を走ったが、完全に浮いてたな。約2名のビジネスマン男子が一瞥をくれてニヤリと笑ってた。「放射”脳”」と思われたかな? いやいやぼくは好意的笑顔と受け取った。

行きつけのお店へ入るなり店主が口元を両手でおおって「おっ、早速やってますね」ときた。「今日は西風が強いからね」と答えた。この人とはガレキの話しをしたことがないのに、理解者がいてホッとする。

1時間ほど、道ゆく人々を注意深く観察しつつ移動したが、N95らしきタイプは一人だけ。風邪用マスクはいつもと同じ。2重にしているか注意したけど、そんな人はいなかった。ぼくの予想ではもう少し警戒心の強い人がいるはずと思ってたけど、予想ははずれた。いつも通りの本町界隈。下校途中の小学生たちの屈託の無い笑い声がビル街に響いていた。いつもと変わらない。何も変わらない。だから見慣れた街が不思議な光景だった。

舞洲工場でガレキの本格焼却が始まった

今日から、大阪此花区の舞洲工場で東日本大震災により生じた廃棄物の本格焼却が始まった。最大の防御は部屋から出ないことということで、今日はパン屋と八百屋でまとめ買いをしてきた。あとは風向きをチェックしながら生活のリズムを作っていくことかな。

<a href=”http://www.city.osaka.lg.jp/kankyo/page/0000163892.html”>大阪市市民の方へ 東日本大震災により生じた廃棄物の広域処理関連情報</a>

<a href=”http://soramame.taiki.go.jp/DataMap.php?BlockID=06″>大気汚染物質広域監視システム(そらまめ君)ホームページ</a>
<a href=”http://weather.yahoo.co.jp/weather/wind/27/”>大阪府の風予測</a>
<a href=”http://www.mbs.jp/weather/”>天気予報 MBSWeather</a>

X’MAS MAGICAL TENT で野菜をたくさん買った

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23日、大阪西区新町北公園の「X’MAS MAGICAL TENT(http://pontax.blog.ocn.ne.jp/blog/2012/12/12001800_xmas_m.html)」で「やむさい(http://www.yamsai.net/)」の野菜を買った。最近はダイコンやカブ、ニンジンの葉付きのものが売ってると嬉しくて買ってしまう。もちろん葉も食べる。写真のダイコンも写す前日にうどんすきに入れたのであんまり残ってない。今夜はホウレン草をゴマ和えで食べたけど、ムチャ美味かった。

左のブロッコリは買う時に皮をむいてくれたのを生で食べさせてくれたんだ。もりろん美味かった。ゴボウの茎も食べられると言っていた。

大阪市のガレキ試験焼却が終わって

11月29日、30日と大阪市は予告通りに岩手県から運んだガレキ焼却を行った。ガレキには放射性物質やアスベストを始めとする様々な有害物質が含まれているため健康被害が懸念された。

焼却の日に向けてぼくは放射能被曝に関する本を10冊ぐらい読んだ。さらにネットでも情報を追うなど大変な時間を使った。被曝から目を背けることができなくて、情報を追う日々だった。仕事に支障がでるほど放射能に夢中になった。被曝をするかもしれないことが心配だったが、市民の健康が犠牲になる可能性がありながら焼却を実行する理由を知りたかった。

そして迎えたその日は部屋に閉じこもって窓を開けず、換気扇も必要最小限の使用に留めた。30日の夕方や夜には外出、1日は雨に降られた。もちろん粉じん用マスクも購入し、外出時に装着したばかりでなく部屋でも数時間装着した。これらの対策を経験したうえで分かったのだが、放射性物質から身を守ることはほとんど不可能だ。1日の午後は焼却以来最初の雨だった。雨には避けるという知識があったにも関わらず、迂闊にも降っているのに気づかずに歩いていた。リュックの折りたたみ傘をさしたが、スーパーに入る際、濡れた傘をどうしようとか考えたらキリがない。

ということで、2月から始まる本焼却に対しての防御は絶望的に難しいと骨身にしみた。難しいからと自暴自棄に陥り、対策を放棄してしまうことが怖い。完璧な対策はできなくてもできることはしようと思う。

ただ対策のモチベーションがぼくの場合、放射能への恐怖とそれを操る為政者への憎悪と怒りこそが支えだった。このことは反省しなければならないと思った。恐怖や憎悪、そして怒りを抱え込んで残りの人生を過ごしたくない。だからといって放射能を無視するなんてことにはできない。そんな選択肢は考えられない。試験焼却が終わって、今後の放射能被曝へのスタンスを考える時だと思う。

防じんマスク DS1 を試す

防じんマスク DS1 Mono2100

大阪市の29日、30日のガレキ焼却にそなえて防じんマスクを用意した。
「放射性物質防護用の推奨マスク及びマスクの評価分析まとめ(DS1, DS2, N95, N100評価) – NAVER まとめ」(http://matome.naver.jp/odai/2130723905346630701)ページを読んで、MonotaRO の防じんマスク “DS1” をアマゾンから購入した。これは国産で N95相当の性能だそうだ。

29日は窓もベランダも開けず、外にも出ないで過ごした。大阪市も試験焼却と言っているように、ぼくも本焼却のためのテストを行った。防じんマスクDS1を部屋の中で試したが、1時間ぐらいでギブアップ。装着してパソコンに向かって仕事をしたけど、顔面の違和感と匂いで仕事に集中できなくなった。

30日夕方になって外へ出たが、もちろんDS1を装着して帽子かぶった上にパーカーのフードもした。外だと匂いは気にならなかった。しかしDS1のゴムひもが耳の上部に食い込んでかなり痛い。夏だとどうだろうか、かなり思いやれれそうだ。

部屋の方は基本的に換気扇も使わなかった。でも、台所は使わないでもトイレは使わないわけにはいかない。必要最小限の使用にした。困ったのはガスストーブを使っているので部屋の換気だった。窓を開けたくないので、玄関ドアを少しの間開けて換気した。廊下を人が通ったらイヤだなとヒヤヒヤものだった。

ほぼ1日半の焼却への防御テストだったが、毎日は無理だと思う。本焼却は絶対に止めてほしいと思った。実施されたら居直って、できる範囲の防御をするしかない。夏、エアコンを止めたうえに窓を開けられないなんて絶対に無理だな。

フードマーケット Big Beans に始めて行った

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近所の西区新町1丁目にフードマーケット Big Beans が開店した。今日始めて行ってきた。開店してもう1ヶ月ぐらいになるのかな。高級スーパーと聞いていたので、ちょっと敬遠していた。でも行ってみたら野菜はそれほど高くない。その上、産地の地名が大きく表示されているし、西日本の野菜が多いので好感を持った。

今日は丹波野菜市というイベントが行われていて、下仁田ネギを買った。安いうえに鮮度がよくて、うどんすきにたくさん入れたけどムチャ美味かった。これから頻繁に利用することになると思う。最近はこの Big Beans を始め新鮮な野菜があっちこっちで手に入るようになり、料理が楽しい。