2016/10/07 “CHAAAS!!” at Club Stomp

chaaas!!-01“CHAAAS!!” 2016.10.7.FRI at Club Stomp で遊んだ。仕事のこと考えたら遊んでる暇なんてないので早めに帰るつもりが、おもしろくて、やっぱりいい時間までいてしまった。stompってほとんど行くタイミングがなくて、珍しく1ヶ月ほど前に行ったとき、帰りしなにスタッフからこのパーティを勧められた。
DJs / MASANORI IKEDA、AKIHIRO、TETSUO、AATY。その時、このメンツを見て行きたいと思った。決して大きなパーティじゃないけど、そこに行けば何かがあるかもと感じさせるものが匂っていた。この週末は行きたいパーティがたくさんだけど、とにかく”CHAAAS!!”に決めた。
“CHAAAS!!”は思っている以上によかった。ムチャ盛り上がるとか、そういった派手さはないが、DJとフロアに一貫して、パーティ”CHAAAS!!”のグルーブが流れ続けて、それはとても心地よかった。真夜中を過ぎて入れ替わり立ち代わり集まって来るパーティピープルたちも遊び慣れた大阪のコアな連中ばかりで、それらクラバーとクラブと音楽が醸し出す空気感はなかなか味わうことのできないものだった。
こうしたとてもいい雰囲気の中で、ぼく自身が気持ち良く遊べてうれしかったわけだけど、これには10年近い遊び歴が必要だったかも、と思った。ぼくはやっぱり、こういう場所では年齢が浮いてるので、フロアでは浮きたくない。どういうことかと言うと、ぼくの歳で心地よく遊ぶには、フロアではあまり目立ってもよくないし、逆に存在感が希薄なのもよくない。この塩梅ってなかなか難しい。10年近い遊び歴があってできるのかもと思った。

2016/05/14 CHIMPO & JONNY DUB at circus

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2016/05/14 真夜中、”CHIMPO & JONNY DUB at circus” で遊んだ。夜のクラブ遊びは10年近くになるけど、この夜のパーティはちょっとしたカルチャーショックだった。

CHIMPOを紹介するサイトで、彼の音源はドラムンベース、グライム、ダブステップ、トラップ、ガラージ、ダンスホールにヒップホップとあった。これらの音楽にぼくは正直ほとんど無知だが、マシンガンのように繰り出されるその音源がぼくの魂を撃ち抜いていた。

5月になってからのまだ短いあいだに、DJ FUNK (Chicago)、DANNY KRIVIT (NYC)、Joris Voorn (Netherlands) そして今回の CHIMPO と JONNY DUB (Manchester)と無節操に聞きまくった(笑)。もう一人名村で聞いたMaya Jane Coles (London)も忘れられない。それぞれすべてのフロアが沸騰していたが、それぞれのオーディエンスが全く違った。で、同じCircusなのにフロアーは全く違って別のハコのようだった。

シカゴ・ゲットーハウスのDJ FUNKはつていけずに早々に逃げ出した。そのDJ FUNKとマンチェスター組は似てるといえば似てるのに逃げずにいたのは、DJ FUNKで免疫ができていたのかもしれない。だから、ぼくがマンチェスター組にカルチャーショックを受けたと言うのは、単に音楽性だけじゃない。フロアのダンサーたちを含めての違いだった。

まず、フロアは外国人オーディエンスがほとんどだった。90%ぐらいだったかもしれない。こんなのは初めてだった。そしてかれらの激しい踊りにぼくはビビった。ブロンクスのブレークダンスにせよシカゴのジュークの踊りにせよ、そこには規則性が読み取れる。しかし、CHIMPO と JONNY DUBで踊るダンサーたちは全く勝手気ままに激しく踊っている。個性的なんて上品な言葉は似合わない。そう、とてもアナーキーなんだ。無政府主義的だ。ぼくがショックを受けたのはここんところなんだ。彼ら、彼女たちのダンスを見ていると、音楽を聞くということの再発見があったわけさ。

もう一つぼくが涙が出そうなほど感動したのは、およそ、25年前に出会ったサイバーパンクの近未来小説『ニューロマンサー』(ウィリアム・グブスン)のバーのシーンが目の前で彷彿とさせてくれたことなんだ。それを読んだときはぼく自身ディスコを体験していたが、クラブは知らなかった。だから小説のシーンの情景をリアルに想像することはできなかった。それが、この夜のフロアで目の前で展開しているのがまさに小説のシーンだと妄想できて涙が出そうだった(笑)。リアルが近未来SF小説に近づいている・・・、いや、すでに今は近未来なのだろう。

マンチェスターのCHIMPO と JONNY DUBのことをぼくがカミさんにギャーギャーとわめくから、翻訳ミステリーファンの彼女はぼくにこれを読め!と3冊の文庫本を差し出した。ニコラス・ブリンコのマンチェスターを舞台にした暗黒小説で、登場人物の紹介を見ると、マンチェスターの不良少年が主人公らしくて、クラブ経営者やDJ、VJが主要人物らしい。これは絶対にヤバい小説に違いない。これを読めば、CHIMPOがマンチェスターのクラブでファンに煽っている様子がより分かるかもしれない。大阪のCHIMPOはMCで、何を言ってるのか全くわからないが「オオサカ」、「マンチェスター」そして「ヤバい」を連呼していた。

2016/05/14 ”NOSTRESS”

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2016/05/14、パーティ”NOSTRESS”(http://designde.jp/2016/04/nostress-2/)で遊んだ。中之島の堂島川沿いの会場で行う午後から日暮れどきまでのパーティ。天気が良くて、堂島川を足元に見る2階の会場のガラスの壁面から溢れるような陽がそそいでいる。太陽が駆け足で西のビル街に隠れて夜になる風景を眺めながら踊った。写真の正面2階建の2階が会場。

会場はアパートからあみだ池筋を自転車で北上して短時間で行くことができる肥後橋の大阪屈指のビジネス街の近くだが、ぼくには全く縁のない界隈。夜のパーティでよく出会う青年から「こんなリッチなパーティにも来るんですね(笑)」と言われてしまった。そう、ぼくは真夜中の地下にあるフロアーになじんでいるけど、こんな明るくいリッチなパーティだって嫌いじゃない。まるで、ニューヨークが舞台のウディ・アレンの映画のシーンを彷彿とさせるようだった。昔、アレンの映画を見ながら、別世界のシーンと思っていたことが実現している。長生きはするものだ。

会場はおしゃれな人が大勢でファッションを眺めているだけでも楽しかった。ほとんどが見知らぬ人たちだけど、少なからずの夜の常連たちと踊った。何年も会ってなかったパーティピープルと話をしたりと、絶対に記憶に残しておきたいパーティだったよ。

2016/05/01 circus presents ONE NATION at 名村

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2016/05/01の “circus presents ONE NATION at 名村” に行った。その後のアフターパーティ “Somethinn at circus” にも行った。

ONE NATION では外国人ゲストの Karizma、DJ Funk、Maya Jane Coles を聞いた。3人とも全く知らないアーティスト、予備知識もないまま、とても刺激的。プレイ中、ぼくはほとんど踊っていたけど、疲れをひきづって動きが鈍い (;_;)

週末の金曜、土曜は行きたいパーティがあったのに、仕事が朝まで片付かなくて悶々としていた。やっかいな仕事が終わったので、1日は開放感もあって、数年ぶりに名村造船所跡の大箱 Studio Partita に行ったわけ。広いフロア、高い天井、そして大勢の女子パーティピープルたち。大箱はいいな〜 (^^;

この数ヶ月、ぼくはあえて海外や東京からやってくる有名ゲストが入るパーティを避けて、小箱のフレンドリーなパーティばかりを選んで行っていた。そういうとこは男子率が異様に高くて、それはそれでいい雰囲気の時もあるけど、女子たちは何処に行ってるのだろうと気になっていた。Studio Partita では大勢の女子が踊っているのを見て楽しかった。

3人のゲストたちはみんな音が濃い上に刺激的な変化がおもしろくて踊らずにいられない。DJ FUNK はアフターパーティのメインゲストでもあるので再び聞けるのを楽しみにして Somethinn にかけつけた。しかし、 DJ FUNK の15分くらいでフロアから逃げ出した。この日で15回目の Somethinn だけど、初期の頃は何度か通っていたので主宰する D.J.Fulltono がどんなシカゴの音を紹介するか知らないわけじゃない。

けど、DJ FUNK は想定を超えていた。ブース前では大勢の若いクラウドたちが熱狂している。歳のことは考えないぼくだけど、もうここには入っていけなと感じた。ノイズだろうと、ハードコアバンドだろうと、どんなに刺激的な音でも、ぼくは未知の音には貪欲に付き合ってきた。しかし、このシカゴのゲットーハウスには、追ていけなかった。

写真のフライヤーの横にあるのは『ランボーの手紙』、普段遠出をしないぼくにとって名村までの地下鉄はめったにない長距離移動(笑)。文庫本をジーパンの尻ポケットに突っ込んで出かけたさ。17才のランボーの手紙、これはこれで刺激的!

三ッ寺筋沿いの三軒のバーが会場のパーティ “大安COSMO”

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昨夜はディープな三ッ寺筋沿いの三軒のバーが会場のパーティ “大安COSMO”(https://www.facebook.com/events/201756646849777/)で遊んだ。どちらかというとストイックに踊り続けるクラブパーティに行くことが多いけど、 “大安COSMO” のようなお祭り的なのも大好きだ。こうした大きなパーティには大勢が集まり、それだけたくさんの笑顔に出会える。そこがいいんだよな。知らない人とも目が会えば自然と笑顔になれる場所がディープな三ッ寺筋沿いに出現していた。

ぼくはクラブパーティで遊ぶようになって8年くらいだけど、通い続けるのは笑顔に出会えるというのが大きな理由かもしれない。60年代、70年代はフリージャズやパンクロックの現場で遊んでた。そこは親の仇を探しに来たかのような、目が三角になった客ばかりだった。ぼくもその一人だったが、今から思うと音楽を聞くのに、なぜあんなに殺気立っていたんだろう。疑問だ。だから、始めてクラブパーティの現場に足を踏み入れたとき、そのフレンドリーな雰囲気にひどく戸惑ったものだ。でも、知らない人にも向けられる笑顔に出会ってすぐに慣れたさ。

昨夜は三つのバーを行き来しながら三ッ寺筋を何度も行ったり来たりした。そこは特別な “路上” だったよな。

UC EAST 個展「Mube」

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昨夜は、unionとcaliflowerで遊んでいた。今日は、UC EAST 個展「Mube」へ行ってきた。会場の20年前に操業を終えた工場は西成区松田町にある。その場所へ強い磁力で引き寄せられるように向かった。50年前近く、ぼくはその松田町の安アパートに住んでいたことがある。用がなければ行く場所じゃない。事実、50年近く松田町に用があることはなく、行くことはなかった。今日は個展という用があって行った。思っていた以上にぼくの感情はたかぶった。途中、会場を抜け出して、思い出をたどるように雨の松田町を歩いた。写真は西成区と阿倍野区の境にある急峻な階段の上から撮った風景。上の段差の阿倍野区から下の西成区を見下ろす独特の風景が大阪市内にあることを知る人は地元民以外はほとんどいないだろう。

この急峻な階段の記憶はあったが、住んでいたアパートは見つからなかった。個展でのライブペイントは体の冷えが激しくて途中で出て、隣町の飛田を歩いて抜けて御堂筋線の動物園前駅から帰った。雨の飛田はピンク色の明かりがまぶしい異様に華やだ街だった。飛田を出るといきなり極貧地帯に入る。ジャズ喫茶マントヒヒがあったのは飛田を抜けて右へ行くとすぐのところだった。反対の左へ行くと、やはり住んだことのある山王町の安アパートがあった。

歩きながら、ぼくはヒッチハイクの路上に立ち続けているようだ、と感じた。いつまで立ち続けるんだろう。長い長いロードムービーの途中みたいだ。ロードムービーを見ていると、押しつぶされるような悲しみに襲われることがある。ぼくは、自作自演のロードムービーをやっているのかもしれない。若いアーティストの活動を追いかけて、ぼくのロードムービーは続いている。