Yoshitake Expe Space Guitar Exhibition 2008 の八日目

081110ちょっとブログを書けないでいたけど、Expe Exhibition七日目は欠席した。ゲストはチチ松村さんだった。早くから予約していたジャズのライブへ行っていた。しかし、これだけ連続してライブを聞くなんて今までに経験がない。ちょっとした中毒症状になっている。

八日目の細野ビルはPARAのライブ。但し、山本精一さんは入っていない。PARAは聞いたことはないが、「ミニマルミュージック的な反復を繰り返す、人力リミックスに挑戦する予定」とイベントのパンフレットにあり、楽しみにしていた。演奏は、それが実現しているのかどうか分からないが、とても気持ちの良いサウンドで、ひょっとしたら寝てしまっていたかもしれない。

しかし、バンドの演奏は次第に混沌の度合いを深めて、グルーブは最高潮に達する。音量はこのイベントでは大きい方で、反復するサウンドのとりこになっていた。

081110-02この夜は7時を回って会場へ入ったが、椅子が空いていない。実は、ぎっくり腰みたいなことになっていて余り長時間、床に座りたくない。で、2階のビデオインスタレーションの部屋で椅子に座っていた。数日前にもこの部屋に来ているが、よく分かっていなかった。

ここには少しがまんして、じっと座っていなければ良さが分からない。フクタセイゴさんのイラストをSIMPOさんが映像化したもの。EXPEさんのアンビエントミュージックなサウンドがほんとうに静かに流れている。気をつけなければ、聞こえないほどだ。そして映像も気を付けなければ気づかないほどの緩やかな動き。細野ビルヂングの古風な壁や、はり、天井と美しく調和している。う~ん、良かった。

Yoshitake Expe Space Guitar Exhibition 2008 の六日目

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五日目のゲストは、ドラムの沼澤尚さんとエレクトリックミュージックのENTOKWAさんだった。六日目は、二日連続出演の沼澤さんとシンセサイザーの西竜太さん。もちろん、二日ともEXPEさんを加えてトリオ演奏だった。

沼澤さんを聞くのは初めてだが、聞き惚れてしまった。そのサウンドはジャズを聞くことが多かったぼくにはすごく新鮮だった。ビルの音量制限に配慮して、抑えたと思われる五日目の前半の緊迫したプレイがすごい。目の前で聞いていたが、瞬間瞬間に音楽が作られるのを見ているようだった。70年代に聞いていたジャズのフリーインプロビゼーションの感動を久しぶりに思い出した。
六日目は前日に比べるなら叩きまっくった感じ。トリオの演奏がまとまっていて充足感あった。

ぼくは、会場である細野ビルヂングの情報サイトを運営しているので、ビルで行われたイベントの記録を書き残したい目的意識を持って連日通っている。3日目のライブは仕事の打合せで聞けなかったが、昼間のEXPEさんも2回聞いて来た。目的はあるが義務で行っているわけではない。しかし、かなりの時間を使っている。仕事もたまってきてヤバイ(笑)。そう、EXPEさんサウンドの中毒症状になってる感じだ。連日聞き続けているので疲れてきたが、快感を求めて足をはこんでしまう。

このイベントもあと3日。日ごとに、EXPEさんはすごいことをやってるんだとの思いが強くなる。小松音響研究所の小松さんもすごい。音響システムのメンテナンスをやりながら、毎夜、レコードを聞かせている。

5日目にかけたドン・チェリーに感動したが、6日目のオーケストラによる現代音楽には驚いた。真空管アンプを通した音のクリアなことにまいった。昔、少しだけ現代音楽を聞いていたことがある、再生装置がよくなくて聞かなくなった。再生装置が良ければ、現代音楽は面白いって分かった。でもぼくには無縁か・・・(笑)。

Yoshitake Expe Space Guitar Exhibition 2008 の四日目

081106-01三日目は仕事の打合せで行けなかった。
さて、四日目(6日)のゲストはギタリスト、山本精一さん。前半は真空管アンプでCDを聞く時間。小松音響研究所の小松さん、山本さん、Yoshitakeさんの順番。山本さんが最後に聞かせてくれたCDにドスの効いた日本語の歌が入ってる。深沢七郎だって!

山本さんのソロが30分弱、それからYoshitakeさんとのディオが1時間ほどだったかな。山本さんの演奏は脳細胞が疲労で麻痺するような感じ。んー、難しい音楽だった。この会場では音量の規制があって、ダイナミックなプレイを控えたせいか、爆発できないパワーが凝縮されて、テンションがムチャ上がっているようだった。メロディーを徹底的に解体するようなパフォーマンス。こんなすごいギター演奏を目の前で聞いたら、フツーのギター演奏はしばらく聞けそうにない。

ライブは7時からだが、昼間は無料で解放されている。そこへ初めて行ってきた。無人のプレイヤーの会場に、エフェクターからのサウンドがループされている。心地よい。床の大きなクッションに腰をおろして、しばし番茶(300円)を飲んでなごむ。飲み終わって、クッションを枕に仰向けに寝て聞いていた。そのうち寝てるわけでもなく、起きてるわけでもない状態が・・・、そしてサウンドが変化している。プレイヤーが戻ってきたのがわかる。でも、身体がサウンドのマユに包まれたように動かない。これはすさまじい快感。

目を開けると、Yoshitakeさんが目の前というか斜め頭上でプレイしている。夕方に再び行った際、よく寝ているのでボリュームをあげるのを遠慮したと・・・(笑)。ミュージシャンに気を使わせて恐縮(汗)。

Yoshitake Expe Space Guitar Exhibition 2008 の二日目

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4日のライブ。この夜は Yoshitake Expeさんのギターソロからスタート。3日のスピリチャルなプレイとは違い、アグレッシブな演奏。Expeさんのプレイに脳が感化されていく・・・。次いで、小松さんが真空管アンプでCDを聞かせる時間。それから、YA△MAさん、山塚アイさんのDJ。

YA△MAさんはパーカション主体の選曲。前日は会場の後ろで聞いていたが、この日は真空管アンプにつながるスピーカーの真ん前で聞く。まるで、打楽器奏者が目の前にいるようなサウンドに目眩が。アイさんはロックやゴスペルと取り混ぜたクラブでは聞かれない選局でなごむ。

床に座って、身体を揺すっていたので、股関節付近が痛い。立ってた方が楽だが、ここは床に座って聞く音楽会。

Yoshitake Expe Space Guitar Exhibition 2008 の一日目

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Yoshitake Expe さんのサウンドの展覧会 Yoshitake Expe Space Guitar Exhibition 2008が始った。3日スタートで11日までの9日間。夜になると期間中毎晩、ゲストを迎えてのライブが行われる。3日はそのライブに行ってきた。

小松音響研究所の小松氏ご自身による、真空管アンプによる試聴から始まる。ポピュラー、クラシック、オペラ,現代音楽、フリージャズなどさまざまなジャンルのCDの試聴。真空管が暖まってきました、なんて解説が入る。音は確かにだんだん良くなるみたい。最後に配線を短く変更したときは確かに一段とよくなり、もう何も言えない。家の音は問題外だがクラブなんかの音とも質が違う。もっとも、このビルでは爆音を出せない。これが1時間と少し。

続いて、ヨシダダイキチさんのシタール・ソロ。これも1時間と少しのプレイだったが、真空管アンプを通したすばらしサウンド。スピリチャルなサウンドが次第に盛上がって古いビルの空間に渦をまいている。夢心地だった。

そして、シタールを伴奏にYoshitake Expeのギタープレイ。たくさんのエフェクターを通してサウンドが繰り返し、繰り返しうねっている。最後はギターを変えての演奏。ピュアなサウンドにもう、ナチュラルハイ。

お客さんは30~50人ぐらいでちょうど会場がほどよく埋まっている感じ。シタール演奏を聞きにきた人が多いみたいでした。ほとんどの男子が長髪だし、会場では自然食や無農薬野菜なんかも売ってるし、床に座って聞いているんで、昔のヒッピーを思い出す雰囲気でしたね。

マイク・モラスキーのトーク・イベント「日本のジャズ喫茶文化―反懐古趣味の視点」

マイク・モラスキーさんは『戦後日本のジャズ文化――映画・文学・アングラ』の著者。この本では、ジャズと日本文化は切っても切れない関係であるというスタンスから日本のジャズを考察していた。これをさらに進めて、今度は日本のジャズ喫茶文化について考えているそうだ。

ぼくはジャズ喫茶文化は終わったと思っているし、それが研究の対象になるなど思ってもいなかった。かつてのジャズ喫茶文化にずぶずぶに浸かっていた者として、何を研究しているのか知りたくて、7月6日の大阪「ワイルド・バンチ」でのトーク・イベントに出かけた。

ジャズ喫茶文化はアメリカにもヨーロッパにもないそうだ。なるほど、それなら研究の対象になるかもしれないと納得した。話はジャズ喫茶の定義から始り、内容の大半はその範囲を出なかった。正直、つまらなかった。実際にジャズ喫茶文化を体験していたものには、定義なんてどーだっていい。でも、これは研究だから必要なことは分かる。でも、元ジャズ喫茶店主たちなら懐古趣味を大いに満足できたかもしれない。

そうは言いながらも惹かれる言葉があった。アメリカの評論家か学者から引用だが、
「ジャズ喫茶はアウトサイダーがインサイダーになれる空間」というわけだ。これはあたっていると思う。

では、なぜそうした空間が成立して文化と呼ぶまでに成長をしたのだろう。ぼくが思うに、最初のきっかけは日本の住宅事情じゃないだろうか。60年代から70年代、個室は難しかったし、あっても障子やふすまで仕切られていては、大きな音でジャズは聞けなかった。そして、LPレコードがべらぼうに高価だった。ジャズが好きになった人間は大量のレコードコレクションと大音量で聞くことのできるジャズ喫茶を利用しないわけにいかなかった。

だけど、これだけでは文化と呼べない。ジャズ喫茶が少なからず文化と呼べるのは、背を丸め、身動きをせず、会話をすることもなく不動の姿勢で長時間をジャズに聞き入る客の存在だろう。ぼくもその一人だったので、今から思うと赤面ものだ。

こうした客たちの背景には日本文化があると感じている。なんでも教養主義にしてしまうこと。さらには教養主義に反対して、音楽なんて楽しく聞けばいい・・・。と言った瞬間に「楽しまなければならない」に呪縛されてしまう。これが日本の文化だと思う。

だから、演歌よりも、ポップスよりも、ロックよりも難しそうなジャズこそが、教養主義を満足させてくれるし、より難しいジャズを聞くと「・・・でなければならない」という呪縛こそが心地良くなるという矛盾にはまってしまう。つまり、音楽を聞く楽しみからはかけ離れてしまうというわけ。

ぼくはといえば、ジャズを勉強するとか鑑賞するとかという立場に強い違和感を持っている。ジャズに限らず、音楽は感じることだと思っている。感じなければ、聞かなければいいし、感じればひたすらに聞くだけだ。勉強までして聞く必要はないと思っている。但し、お金と時間を無駄にしないためにジャズの歴史は理解しなければ始まらない。でも、これって勉強じゃない。ジャズ史が分かったからと言ってジャズを感じるわけでないから。

モラスキーさんはジャズ喫茶の聞き取り調査を元にした研究をオンライン雑誌で発表するそうだ。当事者としてその成果が楽しみだ。ただ、トークショーのサブタイトルの「反懐古趣味の視点」を満足させるなら、ジャズ喫茶文化への大胆な批判が不可欠に思われる。もし、礼賛でおわるなら、ジャズ喫茶店主や常連客の懐古趣味を満足させるだけだと危惧してしまう。トーク・イベントでは、その辺りのことの判断はできなかった。

《このブログの関連記事》
戦後日本のジャズ文化――映画・文学・アングラ / マイク・モラスキー著のジャズからみた日本の戦後文化史

ジャズ評論家中山康樹トークイベント「マイルスの夏、1969」@845

Bitches Brew昨日の28日午後、『マイルスを聴け!』の著者、中山康樹さんのトークイベントに行った。マイルスが1969年にレコーディングした『Bitches Brew』の成立を検証するするイベントだが、トークと12曲の関連曲からなる構成だった。

『Bitches Brew』はたまに聞くものの大作すぎて、正直漠然と付き合っているだけだった。69年のレコーディングに向けて、マイルスは周到に準備を重ねていたというのが中山氏の見解だ。その準備の検証によって、今までは過去の名盤でしかなかった『Bitches Brew』が、リアルな手応えあるものに変わっていく。とても濃密な時間だった。

マイルスの準備だけでなく、プロデューサーの Teo Macero や Alan Douglas、そしてコンポーザーの Gil Evans らの動向が密接にからみ合って69年になだれこんでいく。Jimi Hendrix がマイルスに与えた影響も大きい。これらの人物の具体的なエピソードはほんとおもしろかった。

関連資料的に逐一聞かせてくれた曲がムチャ良かった。例えば、プロデューサーの Alan Douglasを紹介するのに、Duke Ellington「Money Jungle」(1962年)を聞かせる。なんと、Duke Ellington、Charles Mingus、Max Roach のピアノ・トリオ。こんなEllingtonは聞いたことがない。Jimi Hendrix も大きな音量で聞けたのもうれしかった。

もひとつ、エレクトリック・ベースの Harvey Brooks を紹介するためにかけたナンバー「Killing Floor」も良かった。ほか、『1969 Miles:Second Night』の「Spanish Key」が聞けたりと、マニアックな選曲を聞けただけでも、参加してほんとうに良かったと思った。なお、お話の内容は、季刊誌『en-taxi』で連載中のものと関連しているらしい。ぼくはまだその季刊誌を読んでいないのでよく分からない。というかこの1969年のマイルスは来年をメドに一冊の本にまとめると語っていた。

CSS Nite in Osaka, Vol.9(Movable Type特集)に行ってきた

CMSとしてMovable Type 4.1を利用して、サイト制作における(技術的な)ノウハウを得ていただくことをねらいとしたCSS Niteの8日(日曜日)のセミナーだ。11時から始まり5時間半、5つのセッションがあった。ぼくには少し高度で疲れた。しかし収穫はあった。

Movable Type 4.1を使い始めて、3xで行っていたようなブログのレイアウト変更ができないでいた。3xではテンプレートのHTMLとスタイルシートを少し変えるぐらいのことをしていた。4.1では3xでやっていたことが全くできなくてアセっていた。

しかし、セミナーはそんな低いレベルの内容ではなかった。Movable Type 4.1を使って、ブログではなくてビジネスサイトを構築するというものだった。そのスキルはいずれと思っていたが、このセミナーを受講して学習意欲がわいた。避けて通りたかったMovable Type専用のテンプレートダグだが、やはりこれを覚えなければ始まらないと分かった。

CSS Nite編の書籍『Movable Typeプロフェッショナル・スタイル』が出版されている。これは4月に東京で開催されたセミナー「MT4LP5」の連動書籍だ。大阪で開催されたのはこの「MT4LP5」のダイジェスト版。5つのセッションはすべてこの連動書籍に即した内容だ。じゃー受講しなくてもいいかも・・・と思うが、受講して本書を読むと理解度が違う。なにより意欲が違うので、お金を払って出かけた価値はあると思う。ただ、ビジネスサイト構築をそんなに簡単ではない。Movable Typeで組立てる楽しさを感じることができれば制作も可能だと、今は楽天的に思っているのだけど・・・。

CSS Nite in Osaka, Vol.9(Movable Type特集)に申込む

画像:MT4LP5の名古屋版・大阪版
「CMSとしてMovable Type 4.1を利用して、サイト制作における(技術的な)ノウハウを得ていただくことをねらいとしています。」ということで、昨夜に正式申込みが開始されたので、早々と申込んだ。たぶん、すぐに一杯になるじゃないかな。前日のアップルストア心斎橋の無料のCSS Nite in Osaka, Vol.8の方はmixiの参加表明が今現在122名になっている。なんか勢いを感じる。

関西企業ブランディング計画のセミナー

1162403300昨日(1日)は仕事のご縁で招待された KBP事務局主催の「関西企業ブランディング計画」のセミナーに行ってきました。

関西企業ブランディング計画! すごいインパクトのあるネーミングだけど、それ何?っていう感じでした。広くは就職活動の学生を支援する活動と言えるけど、単に面接などの就活一般のノウハウを学ぶという場ではない。学生チームがKBP事務局協賛企業を取材し、その診断の結果を参加者200人の前でプレゼンテーションをする場でした。取材に参加した学生は企業を見る目を養いつつ、自身の成長を確信できる活動という印象を持ちました。サイトのリクルート情報はもちろん、面接でも企業の本音は見えてこない。だったら、直接に乗り込んで取材しようという大胆な活動です。こうした「学生との活動を通して企業側自身も成長していく」と、事務局のサイトにあるけど、これがブランディング計画なんだと分かりました。頭に地盤沈下を言われて久しい「関西企業」とあるのが肝心なところですね。プレゼンを終えた学生たちのすがすがしい表情が印象的でした。

学生のプレゼンの前に前刀禎明(さきとうよしあき)氏の講演がありました。氏は元アップルの代表取締役で、iPod を大ヒット商品に育てあげたマーケッターとして知られています。とても面白い講演でした。裏話などはないけど、iPod がヒットし続けている理由といったことが分かる内容でした。プレゼンもさすがで、文字情報主体のプロジェクター画面の要所、要所に iPod のTVコマーシャルを挿む演出でメリハリを付けているのは効果的でした。あの、影絵のシリーズですが、ボブ・ディランのはちょっと違った。おッ、見てないぞ、と思ったら日本では使われなかったそうです。あれは良かった。

等々・・・慣れないぼくには結構、エキサイティングなセミナーで疲れました。最後にこの活動を企画された双葉商事社長深井氏のスピーチも、元気づけられました。「山手線では大阪弁が聞こえる」には思わず笑ってしまいました。20年ほど前は仕事仲間がドドッと東京に行ってしまいました。たまに大阪で会うと、彼らはみんな、あっちでは今でも大阪弁で仕事してるで、と言ってましたね。大阪弁だけでなくて、声も大きいから、さぞ、関東人のひんしゅくを買っているだろうと想像してたけど、そうですか、今では、元気な関西人が大勢いるんですね。